陽否陰述:見せかけだけの否定して強める
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陽否陰述 ようひいんじゅつ apophasis

『さよなら絶望先生』1巻140-141ページ(久米田康治/講談社 少年マガジンコミックス)
  • 糸色望「君も このクラスの
  • 生徒さんなんですか」
  • 「あなたが普通で良かった
  • なにせ このクラスには
  • 31……いや32人の
  • 絶望的な 生徒さんがいるのです!!
  • いわば 絶望教室」
  • 日塔奈美 (愕然)
  • 糸色望「ちなみに 吐血により
  • 隠れてしまっている
  • 部分はまだ 考えてないとか
  • そーゆうんじゃ ありません
  • 木津千里「コーヒー
  • こぼしただけじゃない。」
-『さよなら絶望先生』1巻140-141ページ(久米田康治/講談社 少年マガジンコミックス)
  • 定義重要度2
  • 陽否陰述は、見せかけだけの否定です。つまり、表面上はある事実を否定しておきながら、実際には否定したはずのフレーズが強調されるというものです。

  • 効果

  • 効果1わざと否定したフレーズを、逆に強調することができる

  • あるフレーズを肯定したい、と強く思っている。その時、そのフレーズの反対に否定してみせます。これによって、強い肯定のフレーズをつくりだすことができます。
  • キーワード:強調、強い、強まる、強める、強化、増強
  • 使い方
  • 使い方1ことさら否定をすることによって、逆にそのフレーズが強調する

  • 「陽否陰述」では、カタチの上では否定されます。表面上では否定されます。ですが、じつはこれが肯定されることになります。
  • 例文を見る)
  • 引用は、『さよなら絶望先生』1巻。

    このクラスには、とっても変わったヒトがいる。まず担任の「糸色望(いとしきのぞむ)」からして、変わっている。ときどき「○○に絶望した」と叫んだり、たびたび自殺未遂したりする。なお、「糸色先生」は「自殺未遂」が好きなのであって、自殺したいのではないらしい。

    この変わっているクラスメイトの中で、もう1人紹介しておきます。引用した画像に出てきている、「木津千里」。彼女は、「几帳面」で「粘着質少女」。なにごとをするのにも、キッチリしていないと気がすまない。

    そんな、かなり「クセ」のありそうな生徒のそろったこのクラス。そこを「糸色」が担任をしている。で、このクラスにいる生徒の名簿が出てきているのが、このシーン。

    だけれども、名簿が汚れている。それが「吐血」によるものなのか、それともコーヒーをこぼしただけなのか。それは、どっちでもいい。大事なのは、名簿のくせにクラスメイト全員のプロフィールが分からなくなっているということ。ここを、まず押さえておきます。

    そして。この「ところどころ見えない」名簿について、担任の「糸色」の口から出たコメント。これが、「反語的否認」にあたります。
    隠れてしまっている
    部分はまだ 考えてないとか
    そーゆうんじゃ ありません

    というところです。ここは、
    【見せかけだけの否定】
    「クラス全員のことが書いてある名簿ではないというのは、まだ考えていないからではない」

    【伝えたいホントのこと】
    「まあホントは、まだ考えていない。だから、吐血(orコーヒー)で汚しておいたんだけどね」

    という。「見せかけ」と「ホントのこと」とが、正反対になることばづかい。表面では「ちがう」と言っておきながら、ウラでは「そうなんだよ」といった二面性のあることばづかい。こういった言ったことと逆のことを伝えようとするのが、「反語的否認」です。

    なお。
    この例は、作者が話の流れで、ワザと「反語的否認」となるようにストーリーを作ったということ。これは、とても重要なことです。

    もしも「クラスメイト全員の性格とか特徴とか」が、ホントに決まっていないのならば。べつに、この場面で「クラス名簿」を描く必要はありません。

    また、「クラス名簿」を書くにしても。「吐血(orコーヒー)で見えないところがある」なんていう絵を描かなくたってよかったはずです。今まで出てきたキャラクターの部分だけズームアップさせた「クラス名簿」を描くことだってできるはずです。

    なのに。あからさまに「吐血(orコーヒー)」で隠れてしまったクラス名簿を描く。その上で、
    隠れてしまっている
    部分はまだ 考えてないとか
    そーゆうんじゃ ありません

    という、ムリな言いわけをする。こんなことをしているのは、このシーンを「反語的否認」と受けとってほしいからに違いありません。
    「まあホントは、まだ考えていない。だから、吐血(orコーヒー)で汚しておいたんだけどね」

    といったことを伝えようとしているためです。

    なお。
    『さよなら絶望先生』というコミックスは、たくさんの「レトリック」が登場します。「少年コミック」で、これだけ多くの「レトリック」が見つかるのは、ほとんどありません。ですので、このサイトで引用させていただいているコミックも、「少女コミック」が多くなっています。
  • レトリックを深く知る

  • 深く知る1「陽否陰述」のくわしい説明
  • あることについて。オモテに出てきている言いまわし、それだけを見ると「否定」をしているように見えます。つまり、文字どおり受けとったのなら「○○ではない」ということを言っているように思える。

    ですが、それは「ワザと否定している」だけなのです。よく考えてみると、「ホントは、ことばどおりの意味で言っているのではない」ということが分かるものなのです。「ホントは○○なんだけどね」ということを、ほのめかしている。??それが「陽否陰述」です。

    つまり。「見せかけだけは、ワザと否定しているように見せかけて、本心では肯定を暗示するレトリック。これが「陽否陰述」です。わざと目立つように否定してみせることで、逆に肯定であることを示すことになります。

  • 深く知る2「陽否陰述」に近いレトリック
  • この「陽否陰述」は、「 皮肉法」の下位分類にあたるレトリックです。そちらも参照して下さい。
  • レトリックの呼び方
  • 呼び方5
  • 陽否陰述
  • 呼び方3
  • 反語的否認
  • 参考資料
  • ●『言葉は生きている-私の言語論ノート-』(中村保男/聖文社)
  • この「陽否陰述」は、扱っている文献がほとんどありません。いちばん長めに取りあげているこの本を、とりあえずあげておきます。